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大阪地方裁判所 昭和41年(む)291号 決定

被告人 宮岡美笑子

決  定 〈被告人氏名略〉

右の者に対する売春防止法違反被告事件につき、昭和四一年五月三一日大阪簡易裁判所裁判官がした保釈取消決定につき、同年七月一八日右被告人の弁護人辻井幸一から適法な準抗告の申立があつたので当裁判所は次のとおり決定する。

主文

原裁判を取消す。

理由

一  弁護人の本件準抗告申立の趣旨および理由の要旨は、被告人は保釈制限住居に違反したこともなく、また公判出頭義務に違反したこともないから本件保釈取消決定は不当であり、よつてその取消を求めるため本件準抗告に及ぶというのである。

二  本件記録によれば被告人は売春防止法違反罪により昭和四〇年九月二〇日勾留中のまま大阪簡易裁判所に起訴されたが同年一〇月一一日保釈決定(制限住居大阪市西成区山王町一丁目一六番地恵楽荘内、保証金三万円)により翌一二日釈放されたこと、昭和四一年二月右住居あて第一回公判期日(同年二月二八日)召喚状が送達されたが転居先不明との理由により送達不能となつたこと、さらに同年三月再び右住居あて第二回公判期日(同年四月二五日)の召喚状が送達されたところ、今度は被告人本人により受領されたにもかかわらず被告人は右期日に出頭しなかつたこと、同年五月三一日検察官の請求により同裁判所裁判官が制限住居違反および公判期日不出頭の理由で本件保釈取消および保証金没取の決定をしたことがそれぞれ認められる。

三  そこでまず制限住居違反事実の有無について判断するに、本件記録によれば被告人はおそくとも昭和四〇年九月ごろから制限住居である前記旅館に居住していたが、その際被告人の本名はこれを明らかにせず「京子」などの異名を用いていたことが窺われ、そのため被告人あての前記第一回公判期日召喚状が前記旅館に送達された際、被告人の本名を知らない同旅館の管理人が該当人なしとしてこれを受領しなかつたものと推察されるのであり、このことは被告人の前記異名を併記して送達された第二回公判期日召喚状が被告人本人により右制限住居において受領されたことからも肯認され得るのである。従つて第一回の召喚状は被告人が転居したために送達不能となつたのではないからこれをもつて直ちに被告人において前記制限住居に違反していたものと認めることはできない。

四  次に出頭義務違反事実の有無について判断する。本件記録および当裁判所において取調べた証人大蔭秀男の供述によれば前記第二回公判期日たる昭和四一年四月二五日の朝、被告人の弁護人辻井幸一から同裁判所書記官大蔭秀男に対し電話で、病気のため出頭できない旨の連絡があつたので、同書記官は同弁護人に対して当日の公判は変更になるであろうと返答し、当日の立会書記官酒井利明に右弁護人からの連絡次第を伝え、担当裁判官にもその旨伝えて欲しいと依頼したこと、その後一週間ないし二週間たつてから弁護人が右大蔭のところに来て被告人は当日朝公判廷に出頭すべく弁護人方で待機していたと言つていたこと等の諸事実が認められる。これらの事実からすれば、被告人は少なくとも右当日公判廷に出頭する意思を有していたものと認められ、ただ弁護人が病気のため出頭できないし、弁護人から当日の公判は開かれない旨従つて被告人も右公判期日には出頭しないでよい旨聞いたところから被告人においても出頭する必要がないと考えたものと推認される、そうするとこのような事情のもとで法律的知識の乏しい被告人が右のように考えたとしても、これを一概に非難するのは酷に失するものといわなければならない、従つて被告人が正当な理由なくして公判期日に出頭しなかつたものと言えないことはないとしても、その故に直ちに保釈を取消し保証金の没取をした原裁判は失当であると言わざるを得ない。

五  以上の次第であつて保釈を取消し、保証金を没取した原裁判はその裁量を誤つた失当なものであるというべく弁護人の本件準抗告はその理由があるから刑事訴訟法第四三二条、第四二六条第二項により原裁判を取消すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判官 松浦秀寿 小河巌 安藤正博)

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